カウントノースリーでは振るべきか

 セイバーメトリクス界隈では、カウント3-0(スリーボール・ゼロストライク)では打者は打ちにいくべきだ、とか、カウント0-2での遊び球はやめるべきだ、と言われることがある。その根拠として以下のような表が出てくる。

各カウントごとの打球成績

各カウントごとの打球成績表

 この表は2011年~2014年の日本プロ野球の公式試合における各カウントでの打球のスコアを示したものだが、この傾向は年代や地域を問わず普遍的に成り立っている。すなわち、一般的に、打者に有利なカウントでの打球ほどスコアが高い。2ストライクに追い込まれた打者は三振を避けるためにトップを浅くしたり、ミートポイントを後方に下げたりするが、そうすれば当然に打球の速度は落ちる。同様に、スリーボールに追い込まれた投手は甘いコースにボールが集まる傾向がある。コースと打球結果には統計的に強い相関がある。

 しかし、一方で、プロの打者がカウント3-0でスイングする確率はわずか9%にすぎない。同様に、プロの投手がカウント0-2でストライクゾーンに投げる確率は11%である。いったいどちらが合理的なのだろうか。

カウント状況の作用は統計的錯覚ではない

 まず、上記のカウント別成績の表に標本の偏りがどれほどあるかを検証する。統計的に、投手がボール球を投げる確率は対戦打者の長打率に強く相関する事がわかっている(R>0.79)。したがって、打者に有利なカウントでの打球ほど長打率の高い選手が打ったものに偏っている可能性が高い。もし、偏りがひどく大きいのなら上記のカウント別の打率は統計の錯覚にすぎないということになる。

 各カウントで打球した打者のシーズン成績の平均値を以下に示した。これは、各カウントにおけるそれぞれの打球を打った打者のシーズン成績を積算し、そのカウントにおける打球数で割った値である。例えば、カウント0-0において、シーズン打率0.300の打者が10回、シーズン打率0250の打者が20回それぞれ打球したなら、(0.300*10+0.250*20)/(10+20) = 0.266 が0-0カウントでの平均値となる。なお、ここで言う「打率」は打球当たりの安打数であり、三振は分母に含まない。

各カウントで打球した打者のシーズン成績の平均

各カウントで打球した打者のシーズン成績の平均

 最初に示した棒グラフと見比べていただきたい。カウント0-3において多少の標本の偏りが存ずることは認めなくてはならないが、同時に、カウント状況の作用を否定するほどの標本の偏りはないことも認めなくてはならない。

それでも3-0で見送るのは一般的に合理的

 「ノースリーでは振るべきだ」という意見には凡退の損失の観点が欠落している。カウント3-0においても投手は62%しかストライクを投げてこない。3-1なら69%、3-2なら63%である。すなわち、そこから一回もスイングをしなくても73%の確率で出塁できる[(1-0.62)+0.62*(1-0.69)+0.62*0.69*(1-0.63)]。3-0でスイングする打者はこの機会と引き換えにミート率X*打率0.418の安打を得ていることになる。

 これは、包括的に表現すれば、カウント3-0においては四球確率の上昇によって得点期待値が0.207点プラスされている、と言い換えることができる(Linear Weights理論)。カウント0-0(得点期待値+0)においてシングルヒットを打てばその得点価値(得点期待値の増加)は0.494だが、カウント3-0の場合は0.287(0.494-0.207)しかない。総じて、カウント3-0における打球は得点価値が平均より0.207点低いと言える。そして全てのイベントの確率と得点価値との内積を求めると以下のようになる。

カウント0-3での各選択肢の期待値

 見ての通り、見送るほうが得点価値の期待値が高い。これはあくまで走者状況やアウトカウントおよび打者の能力を平均化したモデルであるが、いずれにせよ、プロがカウント3-0で91%の球を見送るのには一般的な合理性を認めなくてはならない。

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